グラブジャムンの美味しい食べ方

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 今年の二月十四日は日曜日だった。  きっと先輩の家には、休日というにも関わらず、調子に乗りまくった勘違い女が大勢押し寄せたんだろうけど、私はそんなことはしなかった。考えたことはないんだろうか? 自分が、バレンタインデー当日にチョコを渡したい(つまり他の女子を出し抜きたい)からといって自宅にまで押しかけられる先輩の迷惑を。はーっ、これだから「たとえ報われなくても気持ちだけは伝えたい」とかぬかすいい子ぶりっ子は。うっざ!  けどさ、先輩はやさしいから、迷惑そうな顔一つもしないで受け取っちゃうんだろうな。先輩も先輩だよ。むかつくな。  学校までの路面は凍っていた。私が呪うまでもないけれど、どうせなら派手に転べばいいと思って「白線の上だけ歩くっていうハエみたいなことしてる先輩が滑って転んで脱げたローファーが通りがかりのトラックに連れ去られますように」と組んだ手に白い息を吐きかける。  そして私の呪い通り、とまではいかないが、転んだ際に擦りむいた手の甲から赤い血を流している先輩を、校門まで続く長い坂道の始まりで見つけた。 「何してるんですか」  意味のない罪悪感から情けない声が出た。「後輩だ。転んだんだよ、まったく、こんな日に凍るなんてひどい道だよな」  やれやれと先輩は、くすんだ水色のマフラーを赤に染めようとする。 「ひどいのはあんたの頭です。私ハンカチ持ってるんで」 「ええ、どうしちゃったの、頭でも打った?」 「それは先輩でしょ。……その紙袋、なんですか」  先輩の足元の紙袋は異様なほど膨らんでいた。 「ああこれ? これは、バレンタインデーのお返し」 「は?」白いハンカチで先輩の手の甲から流れる血を拭く手が止まる。 「いやさ、皆、日曜日なのに直接家に持ってきてくれたんだよ。わざわざ申し訳ないじゃん、だから早くお返ししないとって」  軽快に坂を登っていく先輩の背中を、蹴っ飛ばしたくなった。  は、はあー? こいつ、何言ってんだ。エゴイズムの塊みたいなものを何有難がってんの。私がどんな想いで、「チョコレートは食べ飽きてるだろうから先輩の好物のお煎餅にしよう」とスーパーの棚を買い占めたと思ってるんだ。ふざけんな、それにバレンタインデーのお返しはホワイトデーにするんだよ!  私が内心、どす黒いかつ面倒な想いを拗らせているとは露知らず、先輩は残念そうに肩を落とす。 「ああでも、今年は生チョコがなかったな。焼き菓子も美味しいけど、やっぱり俺が求めてるのは生チョコなんだよ」
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