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黒いバナナ
「ああっ、浅井課長!」
「どうした?」
「あのっ、彼女、いますか?」
ゆっくりと振り返った上司に、私は何を訊いているのだろうか。
「は? いや、いないよ」
上司は、困ったような顔で笑った。
「結婚て、興味ありますか?」
「ないな」
まさかの即答。心は勝手に弾み出す。
「ぃやったあ! じゃあ結婚してください! 私と!」
「……何言ってる?」
眉を顰められた。さすがに唐突だったか。でも、そんなことくらいで引き下がるなら課長相手にこんなこと言わない。
「とにかく、すぐ結婚したいんです」
「なぜ?」
「だって、売れ残りのバナナになるのは嫌だから」
「……石森、疲れてるようだな。あんまり飲み過ぎるなよ、じゃあお先」
少し驚いたような顔をして、それから気遣う言葉をくれた。その顔が向こうを向いてしまう寸前、ちょっと笑われたような。冗談だと思われたのか。
「あ、ちょっと!」
くるりと向けられた背中は、思っていたのより結構大きい。口の固さは計測不可だが、収入は私より明らかに多いだろうし、もちろん仕事もできて多忙。良く見ればイケメンなのに彼女もなく、結婚願望はない。年齢は確か、三十一歳だったはず。
こんなに条件ぴったりの男がいたなんて!
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