▼純朴なキスを

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 考えた作戦はこうだ。  キスなんて挨拶のうち。夫婦なんだからするのは当たり前。妙に恥ずかしがっている方が周囲に怪しまれる原因にもなりかねないから、もっと慣れないと。  これで押し通す。  無理があるのは承知。  だが、根拠のない自信も、どうかと思う政策も、自信満々に宣言してしまうことでその通りだと思わせてしまう、そんな有名人もいたようないないような。  俺自身、そのやり方に共感するわけではないが、今回ばかりはその方法を使わせてもらうことにした。  ギクシャクしたまま残り二ヶ月以上を過ごすのは、こちらとしても苦痛なわけで、あちらとしても同じだろう。  平たく言えば、開き直りだ。  なぜ自分からキスなんかしてしまったのか、考えてみたが理由はわからない。手を出そうと思ったのかと言われれば違う気もするし、じゃあ彼女を好きなのかと問われても、即座に頷けないのが本音だ。  だがさっきの行動を正当化させなければ、ひなたも混乱するだろう。それにはこうするしかない。  そうと決まれば、二人きりの時はもう少し、上司の皮を脱がせてもらうことにしよう。相手に要求するばかりではいけないから、こちらからも砕けた雰囲気を作ってやらないと。  どうせ週末だけの関係だ。他人と過ごしてリラックスするというのは今ひとつピンとこない気もするが、俺たちは仮にも夫婦なわけだし、結婚生活の擬似体験として楽しむのもありかもしれない。  気がつけば三十一。そろそろそういう事も意識しなければならない年齢でもあったなと、気がついた。
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