5222人が本棚に入れています
本棚に追加
「……ああ、したな」
何を、とは言っていないのに、それがキスの話だとわかる。
当然だ。そんなものするような仲じゃない。それなのにしてしまったのだから。
だが、さっき考えた作戦通り、しれっと躱さなければならない。
だからじっと、ひなたの目を見つめた。こういう時は先に逸らした方が負けだ。
「えっと……なぜ?」
意外なことに、ひなたは視線を逸らさなかった。そうされるとこっちも焦りが出てつい逸らしたくなるのを、必死に堪える。
「なぜって、俺たち夫婦だろう? キスくらいして当然だ」
堂々と言えばまかり通る。そんなこと本心から思っているわけではないが、そうしなければ、残りの契約期間を重苦しいまま過ごすことになってしまいそうだ。それは避けたい。
ひなたは丸くした目を瞬いて、俺を見つめている。だがその表情に対して、狼狽えたところを見せるわけにはいかないのだ。
「昨日だって、あの時キスしたからバレなかったようなものだ。まさか覚えていないのか?」
「いえ……覚えてます」
一瞬、ひなたの視線が逸れた。
昨日の記憶が蘇ったのだろう。
「夫婦なのにキスのひとつもできないような距離感じゃ、いつバレるかわかったものじゃない。普段からもっと、夫婦らしく過ごさないとな」
尤もらしく主張すれば、素直なひなたは納得した様子で頷いて、一言「なるほど」と呟いた。
どうやらこっちのペースに巻き込むことが出来たらしい。
「さあ、わかったらもう一度キスするか、ヨーグルトを食べるか。どうする?」
じっと見つめる目はそのままに口角を上げて見せれば、ポッと頬が赤くなった。
「た、食べます!」
「ああ、わかったよ、奥さん」
今度は自然と口角が上がった。
最初のコメントを投稿しよう!