▼純朴なキスを

18/22
前へ
/246ページ
次へ
「……ああ、したな」  何を、とは言っていないのに、それがキスの話だとわかる。  当然だ。そんなものするような仲じゃない。それなのにしてしまったのだから。  だが、さっき考えた作戦通り、しれっと躱さなければならない。  だからじっと、ひなたの目を見つめた。こういう時は先に逸らした方が負けだ。 「えっと……なぜ?」  意外なことに、ひなたは視線を逸らさなかった。そうされるとこっちも焦りが出てつい逸らしたくなるのを、必死に堪える。 「なぜって、俺たち夫婦だろう? キスくらいして当然だ」  堂々と言えばまかり通る。そんなこと本心から思っているわけではないが、そうしなければ、残りの契約期間を重苦しいまま過ごすことになってしまいそうだ。それは避けたい。  ひなたは丸くした目を瞬いて、俺を見つめている。だがその表情に対して、狼狽えたところを見せるわけにはいかないのだ。 「昨日だって、あの時キスしたからバレなかったようなものだ。まさか覚えていないのか?」 「いえ……覚えてます」  一瞬、ひなたの視線が逸れた。  昨日の記憶が蘇ったのだろう。 「夫婦なのにキスのひとつもできないような距離感じゃ、いつバレるかわかったものじゃない。普段からもっと、夫婦らしく過ごさないとな」  尤もらしく主張すれば、素直なひなたは納得した様子で頷いて、一言「なるほど」と呟いた。  どうやらこっちのペースに巻き込むことが出来たらしい。 「さあ、わかったらもう一度キスするか、ヨーグルトを食べるか。どうする?」  じっと見つめる目はそのままに口角を上げて見せれば、ポッと頬が赤くなった。 「た、食べます!」 「ああ、わかったよ、奥さん」  今度は自然と口角が上がった。
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5222人が本棚に入れています
本棚に追加