▼純朴なキスを

21/22
前へ
/246ページ
次へ
「英子さんとはどうだ?」 「英子さん? 大好きです、英子さん。優しいし、頼りになるし」 「何か言われなかったか? なんで俺なんかと結婚したんだ、とか」  苦笑しながらも、半分は本気だった。こんな面白みのない男だ。どこがいいんだと詰め寄られてはいないか、なんて。 「う〜ん……別に。あ! でも……」 「なんだよ、気になる言い方だな。なんでも教えてくれ、夫婦なんだから」 「もう、そんなに何度も夫婦夫婦って……」 「ああ、悪いね、奥さん」  膝の上で重ね合わせていた細い指を、親指で擽った。  ちょっと揶揄うように言えばすぐに反応する。だから面白くて、また揶揄いたくなってしまう。  無自覚ながら人肌でも恋しいのだろうか。だが、あまりやり過ぎてもいけない。三ヶ月間は無難に過ごしたい。 「最近の子は指輪しないのか、って。私も言われるまで忘れてましたけどね。でも、どうせ離婚するんだしそんなもの買えませんから、適当にごまかします」  指輪。  結婚指輪か。それは盲点だった。だが普通ならあって当たり前の物じゃないか。それを買わないで結婚しただなんて言えないだろう。  しくじった。 「買おう」 「はい?」 「指輪だ。買おう」 「ええっ!?」 「そんなに驚くか? 結婚と言えば結婚指輪じゃないか。うっかりしてたよ、さすが英子さんだ。明日にでも見に行くか」 「ちょっ、ちょっ、ちょっと待った!」  膝の上にあった手が解かれてしまった。  ひなたが両手をパーにして、俺の方へ向けるからだ。  それをなんとなく残念に思ったのは、随分、人肌と触れ合わずに暮らしているせいだろう。
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5222人が本棚に入れています
本棚に追加