▼純朴なキスを

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「なんだ、明日は都合が悪いのか?」 「違—う! 指輪なんて買えません! 離婚するのにっ」  ひなたの言っていることは正しい。尤もだ。  だが、たとえ三ヶ月でもその間夫婦であることは間違いない。だったらその証拠が欲しいだろう。 「そりゃあ、本気で結婚する人たちのような高価な物は買えないさ。でも手頃なのがあるんじゃないか? きっと」 「でもでもっ、焼き鳥何本食べられるくらいの値段です?!」 「……くっ、っあっはっはっ! お前、なんで焼き鳥と比べてるんだ。食いしん坊だなぁ」  色気より食い気で間違いないらしい。  目を見開いて興奮しているのは、焼き鳥に対してだ。 「例えばです! 例えばの話です! もったいないじゃないですか、焼き鳥」  指輪を買うのにお金を使うより、焼き鳥を食べるのに使ったほうがいいと言いたいのだろう。実にひなたらしい気がする。 「わかったわかった。今夜は焼き鳥を食べに行こう。それで、明日は指輪を見に行こう。そのくらいの金、なんとかなるから」 「ええ〜、でも……」 「夫の言う事はちゃんと聞くもんだぞ?」 「ん〜」  ぐらついている。  指輪を買ってやると言うのに流されないのは、やはり変わった女なのかもしれない。  だが、もう一押しだ。 「ねぎま、砂肝、軟骨、手羽先もいいな。もちろんビールはジョッキで」 「あーっ! ……はい」  食いしん坊め。  今夜の焼き鳥につられたひなたの返事に、口元が緩む。 「でも、絶対めちゃくちゃ安いのにして下さいねっ、指輪」 「わかったわかった」  実に変なお願いだ。  でもそれが、楽しい。
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