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翌日は、お泊まりセットを持参して出勤した。もちろん、恭介さんにそう言われたからだ。
けど、今日の夕飯はどうしようか。恭介さんの帰りは明日の午前中だから、今夜は一人だ。
恭介さんがいないとなると作り方を教えてもらうことも出来ないし、一人で適当に料理してぐちゃぐちゃになったキッチンを片付けるのも嫌だし。何か壊したらもっと嫌だし。
こんなことなら美保と会う予定でも入れとくんだった。いくら子供のいない家庭だからと言って、急な誘いでも気軽に応じられるほど自由気ままにはできないだろう。
「何か買って帰ろ」
呟いて会社の敷地を出たところ、塀沿いの植栽の前で立ち止まった。
どこで何を。
それを決めなくては、どちらへ向かうか方向が変わってくる。
コンビニで適当に、なら恭介さんのマンションへそのまま向かえばいいが、どうしよう。ちょっと、デパ地下の美味しそなものでも買いに行ってみようか。一人で暇だし。
会社の門扉から出て行く人の流れを眺めながら、そんなことを考えていたのだが。
「ひーなったちゃんっ」
「あ」
この声は。
すっかり忘れていた事を、一瞬で思い出した。忘れていなければ、こんなところでぼんやりなんてしなかったのに。
「つっかまーえたっ。どこ行く?」
「え?」
捕まったつもりも、どこかに行くつもりもないんだけど。
私がいくらそう思ったからって道行く人たち全員にそれが伝わるわけもなく、若い女子社員たちの中には、振り返ってまで私に羨望の眼差しを向けてくるような人もいる。
吉永君が一部で支持されているのは承知しているが、勘違いされるのは勘弁願いたい。
「だって、俺のこと待ってたんでしょ? 事務所から一緒に出て来るのはさすがにマズイもんね」
マズイと思うなら、そんな誘いかけるな。
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