まさか

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「いい加減にしてっ!」  そう叫んだのとほぼ同時に、後ろから低い声が聞こえたような。 「何してる?」 「イッッッ!」  かと思えば吉永君の呻き声がして、押さえ込まれていた両腕が解放された。  背後を覆っていた吉永君が漸く離れていって、ホッとして膝の力が抜ける。 「吉永? どういうつもりだ」 「かっ、課長! いやこれは、そのお、ひなたちゃんが飲みすぎてですねえ、それでっ」  課長? それにこの声……。    吉永君の発した「課長」という単語に反応して後方を振り仰げば、そこには結構大きなシルエット。そのシルエットは、掴んでいた吉永君の腕を放り出してしゃがみ込み、隙間に追いやられた私のことを覗き込んだ。 「ひなた?」 「恭介さん? なんで? 出張じゃ」  驚きながらも差し伸べられた手を素直に掴めば、引っ張り起こされて、頬に大きな手が触れてくる。その手に上向けられた顔をジロジロ眺められ、どこを見たらいいかわからなくて目を泳がせた。  と、後頭部にぐっと力を入れられて、恭介さんの胸に顔が埋まる。 「ぐっ、ちょっ、恭介さん?」 「ひなたっ、何やってんだお前はっ! 本当に世話が焼けるっ」 「きょ、恭介さんっ、く、ぐるじっ」  頭を押さえられた上、背中に回した腕でもぎゅうぎゅう抱きしめてくるから、本当に身動きが取れないし、なんなら苦しい。  でも、なんでだろう、全然嫌じゃない。  さっき吉永君に背後を覆われていた時は、すごく、すっごく嫌だったのに。  いま私を抱きしめているのは恭介さんなんだと思えば、込み上げてきたのは安堵感で、自分が震えていたのだと気づく余裕が生まれた。  どうしよう、フリでも嬉しいと思うなんて、なんだか変だ。 「ぶはっ!」  今度は急に解放されて、変な声が出た。  だって、息が止まりそうなほどの力で思いっきり抱きしめられていたんだもん。
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