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「浅井課長……あ、出張でしたっけ、お疲れ様ですっ」
「ああ。石森は今帰りか?」
「え? ああ、いえ、ちょっと飲んでました、そこで。へへっ」
指差した方を見遣った浅井課長は、別段驚きもせず頷いた。
「そこ、案外イケるよな、焼き鳥が」
「ですよねっ! 今日も美味しかったです!」
自分の気に入りの焼き鳥だ。自分まで褒められたような気になって、テンションが上がる。さっきは泣きそうだったのに、我ながらなんてお気楽。
「そうか。あー、余計なことだったら悪い。お前今、泣いてたか?」
「え……」
泣きそうな気持ちだったけど、泣いてはいなかったはず。
目尻を押さえた指先に、ほんの少しだけ湿り気が移る。でも、泣いていたなんて言うほど大袈裟なものじゃない。
「まさか。課長に焼き鳥褒めてもらえた感動で涙が出そうになっただけです」
ぷっと吹き出され、できたのは苦笑いだけ。
たとえ泣いていたとしても、課長には関係ないし、迷惑をかけるわけにもいかないし。
「ああ、悪い、笑って。まあ、俺でよければ話くらい訊くから、遠慮なく言ってくれ」
「浅井課長……いい人だったんですねっ」
同じ部署の上司だけれど、仕事以外でこんなに話したことなんてなかった。忘年会の時だって、部長なんかと難しい顔で話していることが多かったような。そもそも女性社員と砕けた話なんてしないタイプだよね?
「なんだよそれ、そう思ってなかったのが丸出しだぞ?」
「げっ」
「くっ、石森、げ、はないだろ、出張帰りの上司に向かって」
「あ、すみません……」
「……じゃあ、また来週な。気をつけて帰れよ?」
僅かな沈黙の後、当たり障りのない挨拶をして、課長は私の横を通り過ぎた。
「はい、お疲れ様です!」
浅井課長、思ってたのより全然いい人かも。職場で見る限り、もっとクールな対応しかしない人だと思っていた。まさかこんな風に路上で声をかけてくるような気安さは持ち合わせていない人だと。
なんとなく振り返って課長の背中を見送りながら、そう思った。
だからすれ違った時、そのまま帰って寝るつもりだったのは嘘じゃない。
だって、ただの上司だし。
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