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恭介さんの背中に隠れたまま吉永君の後ろ姿をぼんやり眺めていたら、急に目の前の背中が振り向いた。
「ひなた」
「は、はいっ」
怒られるのかと思って身構えた私が恐る恐る見上げた恭介さんの顔は、どこか困ったような労わるようなもので、ふっと力が抜ける。
「本当に大丈夫だったか?」
肩に置かれた手の温かさを感じたらもっと安心できた。
低いけれど威圧感なんてない優しい声に頷く。
「はい、大丈夫です……すみませんでした」
吉永君はもう行ってしまったんだから、そんな顔しなくてもいいのに。
心配でたまらないんだ。まるで、そんな風に言い出しそうな顔なんて。
一頻り私の全身を確かめるように見遣って、その困った顔のまま、恭介さんはちょっぴり微笑んだ。
「帰ろう」
もちろん頷いた。初めから、まっすぐ恭介さんのマンションへ帰っていれば良かったんだ。結果、通りがかった恭介さんに助けられたからよかったものの、もしかしたら……。
けど、まさか吉永君があんな風に強引に迫って来るとは思わなかったし、同期だからと多少油断していたのかもしれない。
それって私が迂闊だったのかな。
けれど恭介さんは、私に対して責めるようなことは何ひとつ言ってこない。
文句を言われて喜ぶ趣味はないけれど、それを言われないのは苦しいような気がして、そんな自分を、変なのと笑いたくなった。
だってそんなこと、言われるわけない。
所詮、ただの契約結婚なのだから。
それに、契約違反になるような事実はないのだ。吉永君とはただ、同期として飲んでいただけだから。
だからそれについて咎められたり追求されたりする必要もなくて、何も訊かれないのもおかしなことじゃないんだけれど。
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