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もう十分、夫のフリをしてくれたと満足すべきなのに、こんなことを思うなんて。
吉永君の力が思いの外強くて、抵抗しても無駄なんだと思ったら、本当は怖くて堪らなかったからかな。
だから余計嬉しかった。恭介さんが、あんなに真剣な演技で吉永君から私を守ってくれたことが。
だけど恭介さんの演技がうますぎて、本当に思われているんじゃないかと錯覚しそうになった。なのに叱られもしないから、やっぱりただの契約なんだと現実を突き付けられたようで。
なんとなく俯き加減になった私と、何も言わない恭介さん。
無言なのは、するべき会話すらないから?
だったらこれは、どうしてだろう。
恭介さんの手に握られた自分の手を、視界の端に捉える。繋がれたその手は自分のものなのに、どんな理由でそこにあるのかもわからない。
タクシーで帰ろうと言う恭介さんに頷いて歩く途中、週末は夫婦らしく、とその約束が脳裏を掠めた。
この手はきっと、その約束があるから握られているんだ。
何やってるんだろう、私。
こんな人情の厚い人をくだらない事に巻き込んで、さらには出張帰りでお疲れのところに、更なる疲労をもたらして。
こんな状況でも律儀に決め事を守ろうとしてくれる恭介さんの優しさは、一体どこからくるものなんだろうか。
真面目で律儀。そういう性格なんだろう。それと責任感、かな。
タクシーの中でも離されなかった私の手。
それに何か意味があるのだろうかと考えそうになって、やめた。
これも夫婦のフリのひとつだと言われるのは、嫌な気がして。
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