まさか

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 背後から覆い被さるような体勢は、さっき吉永君にされたのと同じような格好だ。  なのに違う。  背中に感じる体温にも、距離にも、嫌だなんて感情はどこにもない。  だから余計に戸惑う。 「ほら、ちゃんと洗ってくれ」 「あ、はい、え?」  鏡の中の恭介さんに目を奪われていたら、自分の手が勝手に動き出した。  洗ってくれと言いながら、私の手ごと包み込んで、もう洗っちゃってるじゃないですか! 「きょ、恭介さんっ、できます! 自分でできます!」 「全く世話がやける」  ボソッと呟かれた声が、左耳の上から聞こえた。 「っ!」  至近距離で拾ってしまった声が意外に響いてきて、なぜか変な声が出そうになってしまった。  その間にも、私の意思に関係なく動き続ける私の手。  やれるよ?!  できると訴えたのにスルーされ、再び泡まみれになった手はすっかり綺麗になった。恭介さんの手によって。  聞こえなかった、のかな?  そうだ、きっとそう。  いやいや、真後ろにいたじゃない。あれで声届かないとか、耳が心配だよ。 ドッドッドッ、となぜか上がる心拍数。  この音はできれば聞かれたくないから、早く離れてもらわないと。  だからって跳ね除けるのも悪いし、されるがままでいることしかできずにいれば、洗い終わった手がタオルで包み込まれた。  これもなぜか恭介さんがやってしまっている。  そこまでしてやっと、綺麗になったと納得してくれたらしい。拭い終わった私の両手を自分の手のひらに乗せて、お皿を割った時同様検品でもするかのようにジロジロ眺めた後、ソファーに座らされた。  当然、ソファーの持ち主である恭介さんも隣に座る。  けどっ、近くありません?!  膝だって、ちょっとぶつかってるし。  さっき手を洗う時だって、あんな風にする必要があったんだろうか。  どうしたんだろう、恭介さん。  そんな風にちょっぴり訝って見上げた顔は、もういつも通りのような気もするけれど。 「ひなた、飯は食ったんだよな?」 「はい」 「そうか。なら訊かせてもらおう。どうして吉永と二人でいたのか」
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