まさか

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「あの、改めて、助けてくれてありがとうございました。でも恭介さん、どして今日? 帰りは明日の予定でしたよね?」 「予定は未定だからな」  予定より早く終わったから、という事だろうか。  でもよかった、そのおかげで助かったし。 「でも、なんであんなところ歩いてたんです?」  今頃になって漸く、さっき吉永君と入った居酒屋が、新幹線で帰って来た恭介さんがまっすぐ帰るのに通るはずのない場所だと気がついた。 「もしかして、ちょっと飲んで帰ろうとか思ってたり? 出張帰りですもんねえ、そりゃあ一杯やりたくもなりますよねー」  確かあの夜も、居酒屋を出て千鳥足で歩く私と出会ったのは、飲屋街の前だった。  そうか、だからあんなところを。  勝手に納得した私に、恭介さんは呆れたようなため息をついて見せる。 「お前は気楽だな。俺が帰って来なければどうするつもりだったんだ。吉永は、結構本気でお前を食うつもりだったんじゃないか?」 「そう、かな……」  不意に左手に触れられ、ピクッと肩が跳ねた。  私の左手の上に重なった恭介さんの手がそろりと這い出し、ブラウス越しの腕をゆるゆると上ってくる。その手は首筋を撫で、頬を包んで、止まった。  そのまま鋭い視線で射抜かれて、思考が止まる。  夫婦らしく過ごす。この行為も、そういう取り決めだからするんだろうか。  恭介さんの顔がゆっくり近づいてきて、鋭く見えていた奥二重の黒目しか、もう見えない。
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