まさか

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 あと五センチ近付いたら、触れてしまう。  近すぎるのに、触れているのに、吉永君と同じことをしようとしているのに嫌じゃない、恭介さんなら。 「逃げなくていいのか?」 「だって、今は夫婦の時間だから」  私、何言ってるんだろう。  だけど逃げたいだなんて思えない。ここまでされても不快感なんてない。それどころか。 「かわいい奥さんだな」  フッと微笑まれ、本当にそうだったらいい、なんて思ってしまった。 「他の男に喰われなくてよかったよ」  そう呟いた唇は、私が何か考え出すより先に私の唇に触れていた。  少し乾いた恭介さんの唇が、私の唇を啄む。先週、不意にされたあのキスとは違う。触れるだけで終わりじゃないのだと、何度も啄まれてわかる。  何かが始まるキスだ。  私の唇に触れる度に、乾いていた恭介さんの唇が濡れていくのか、音がし始めて余計に甘美なムードが漂った。 「ひなた……」 「はぃ」  呼ばれて発した声は吐息混じりで、それで開いた唇の隙間から恭介さんの舌に入り込まれてしまえば。 「ん……」  すっかり濡れた音だけが、二人の間で響いた。  舌を絡め合うのがこんなに心地いいなんて、初めて知った。フラフラ逃げ惑うのに、しっかり追われて捕まる。そうして身動きもできないまま、離してはもらえない。  そんなキスは、初めてだった。  どんどん深まっていくのに、決して攻めるようなキスじゃない。このままずっとされていたら、自分が溶けてなくなるんじゃないかと思うような。
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