まさか

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「はあ〜いいお湯でしたあ〜」  さっき取り乱したことは忘れたフリで、キッチンの傍のドアを開けた。  頭からつま先まですっかり洗い流してほかほかに温まったら、キスひとつで動揺した自分は恥ずかし過ぎると思ったのだ。  私が勝手に意識しすぎた可能性もあるし。  前に言われた通り勝手に冷蔵庫を開けて、常備されているらしいミネラルウォーターを一本取り出した。そのペットボトルを持ってソファーに移動しようとすると、恭介さんが私の前に立ちはだかったので見上げる。 「随分ゆっくりだったな。そんなに磨き込んでどうするんだ?」  丸めた指の背ですいっと頬を撫で上げられ、そのまま手のひらを充てがわれた。その手のひらが冷たく感じて気持ちいい。  口調は優しいから怒られているのとは違うんだけど、上向かされた顔を高い位置から見下ろされると、なんだか焦る。 「ふっ、普通ですっ。女子は、なっ長風呂ですからっ!」  いや、ほんとは普段めっちゃ早いです、お風呂。  でも今日は、今日は! 「そうか。どれだけ丁寧に洗ったのかと気になって」  逆上せていなくてよかったよ、なんて呟く恭介さんの顔に視線を戻せば、どことなく楽しそうで。  これ、あれだ。エレベーターのなかで揶揄われた時と同じ顔だ!  酷いな。自分の方が年上だからって、余裕を見せつけて。  よし、反撃! 「もう、イジワル言わないでください」  頬を包む大きな手に自分の手を重ねて、恭介さんを見上げたまま、にこっと笑ってみた。  無理して余裕ぶったから少し引き攣ったけれど、一瞬、私を見下ろす目が見開かれたのを見逃さなかったんだから。  よしっ!  内心ガッツポーズをした直後、おでこに柔らかなものが触れて。  え……!?  ドクドクドクドク。心臓が騒ぎ出して、ぶわああ。  一度引いたはずの汗が滲んできて、首筋を伝う。 「わかったわかった」  嬉しそうな笑顔を残して、恭介さんはバスルームへ行ってしまった。
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