まさか

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 待って待って、落ち着いて。  恭介さんは課長で、上司なんだよ?   結婚してくれたのは、悩みすぎてかわいそうに見えた部下である私を助けるための手段であって、人助けにすぎないんだよ?  めちゃくちゃいい人だし、責任感も強くて、それでほっとけなかっただけだよ。だって部下なんだもん。  冷静さを保とうとする私の声は、ちゃんと脳に届いている。  だけど。  そんなのわかってる。契約期間が終わったら上司と部下に戻るんだってことも。  だけど、どうして?  吉永君なら嫌な近さでも、恭介さんなら嫌じゃなかった。  演技だとしても、たまたまだったとしても、恭介さんが来てくれて嬉しかった。キスされたのだって、頬を包む手のひらの感触だって、全部全部、嫌じゃなかった。  むしろ、それが全部演技でしかないのだとしたら……。 「いやだ」  それって……もしかして…………。  すき? 「うそ」  パタン。ドアの開閉音にやたら驚いた。 「うそっ!」 「ひなた? どうした?」 「あ、いえっ、は、早いなあ〜なんて思って、あ、ははっ」  寝そべっていたソファーから起き上がると、そこにいたのか、なんて微笑まれて。  待って待って!  今、恭介さんのことを好きかもと気づいたこのタイミングで出てくるって、なんでですか?! 「心配しなくても、体の隅々まで丁寧に洗ったぞ?」  そんなこと聞いてないです!  職場では見られない、何かを企むような笑顔を向けられたら、完全ノックアウトだった。  でもダメだ。今日はやっぱりムリ。    そんな時はもう、逃げるしかない。   「そっ、それはよかったです。じゃあ私は寝ます! おやすみなさい!」  素早く立ち上がって、ペコリ、頭を下げて、ベッドへ一直線だ。  先に寝てしまうような女に手は出すまい。それに、わざわざ私に手を出すほど困ってもいないでしょ、恭介さんなら。  そう考えた瞬間胸がズキッとして、同時にダイニングの灯りが消えた。
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