▼ なぜか

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 握りしめた拳が震える。  だが待て。俺は、奴の上司でもある。それに、一発殴ったくらいじゃこの怒りが収まる気はしない。  下衆な男につられて俺まで野蛮になってしまってはダメだ。  暴力に訴えて解決するなど、そんな男のどこを好きだと言ってもらえるのか。  腹の底から、煮え滾る熱い息を吐き出した。  落ち着かなかくては。 「吉永……」 「はっ、はいっ!」 「俺の大事な人に、随分勝手をしてくれたようだな」  できる限り声を低めて、冷静さを保つよう心掛けた。何としても手足は出すまい。 「いっ、いえ! そんなっ!」 「お前の性癖にまで口出しするつもりはないが、そういうのは、少なくとも合意の上でやったらどうだ」 「おっしゃる通りです!」 「だったらお前のしたことは何なんだ」  手足は出さなくとも、吉永を見る目に篭る力は弱められない。串刺しにしてやりたいくらいだ。 「ひっ、す、すみません!」   「……それだけか?」 「もっ、もう、もう二度としません! ひなたちゃんを誘いません!」 「それから?」 「それっ、それから? え、えっと、触りません! 仕事のこと以外話しません! 申し訳ありませんでした!!」  深々と頭を下げて詫びているつもりらしいが、当たり前のことを約束したに過ぎない。  すっかり許せるわけもないが、往来からの視線もあるし、今日のところは解放してやるか。見ているだけで腹が立つから、さっさと姿を消してもらいたい。  帰れと冷たく言い放ち、去って行った後ろ姿を暫く睨んでやった。
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