5222人が本棚に入れています
本棚に追加
握りしめた拳が震える。
だが待て。俺は、奴の上司でもある。それに、一発殴ったくらいじゃこの怒りが収まる気はしない。
下衆な男につられて俺まで野蛮になってしまってはダメだ。
暴力に訴えて解決するなど、そんな男のどこを好きだと言ってもらえるのか。
腹の底から、煮え滾る熱い息を吐き出した。
落ち着かなかくては。
「吉永……」
「はっ、はいっ!」
「俺の大事な人に、随分勝手をしてくれたようだな」
できる限り声を低めて、冷静さを保つよう心掛けた。何としても手足は出すまい。
「いっ、いえ! そんなっ!」
「お前の性癖にまで口出しするつもりはないが、そういうのは、少なくとも合意の上でやったらどうだ」
「おっしゃる通りです!」
「だったらお前のしたことは何なんだ」
手足は出さなくとも、吉永を見る目に篭る力は弱められない。串刺しにしてやりたいくらいだ。
「ひっ、す、すみません!」
「……それだけか?」
「もっ、もう、もう二度としません! ひなたちゃんを誘いません!」
「それから?」
「それっ、それから? え、えっと、触りません! 仕事のこと以外話しません! 申し訳ありませんでした!!」
深々と頭を下げて詫びているつもりらしいが、当たり前のことを約束したに過ぎない。
すっかり許せるわけもないが、往来からの視線もあるし、今日のところは解放してやるか。見ているだけで腹が立つから、さっさと姿を消してもらいたい。
帰れと冷たく言い放ち、去って行った後ろ姿を暫く睨んでやった。
最初のコメントを投稿しよう!