黒いバナナ

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「お前、大丈夫か?」  ガッチガチに固まった私の耳に聞こえたのは、通り過ぎて行く他人様の慈悲深いお言葉だったのだろうか。ぎゅっと目を瞑っていたようで、その人の姿はわからなかったが。 「おい石森、聞こえてるか?」 「ひえっ?」  浅井係課長の声でそう聞こえて、開けたくなかったが、仕方なく目を開けた。  眼前にはやはり、浅井課長の顔。太めの眉は顰められていて、割と大きな目は、近くで見れば奥二重だった。その視線は鋭いままなのに、なぜか声が優しい。 「本当に大丈夫か? 悩み過ぎは良くないぞ?」  心配、されてる?  本物のいい人だったんだ、浅井課長! 「課長〜! こんないい人なのに、どうして独身なんですか?!」  ピクリと眉が動いたように見えたのは、私の視界がグラついていたせいか。 「……大丈夫そうだな。気をつけて帰れよ」  優しかったはずの声はなぜだか、残業して帰る時にかけられるものと同じトーンになっていた。 「え?! ちょっと!」  再び向けられた背中が止まる事はなく、さっきより明らかに速度を上げた浅井課長の姿は、あっという間に見えなくなった。
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