5221人が本棚に入れています
本棚に追加
/246ページ
「お前、大丈夫か?」
ガッチガチに固まった私の耳に聞こえたのは、通り過ぎて行く他人様の慈悲深いお言葉だったのだろうか。ぎゅっと目を瞑っていたようで、その人の姿はわからなかったが。
「おい石森、聞こえてるか?」
「ひえっ?」
浅井係課長の声でそう聞こえて、開けたくなかったが、仕方なく目を開けた。
眼前にはやはり、浅井課長の顔。太めの眉は顰められていて、割と大きな目は、近くで見れば奥二重だった。その視線は鋭いままなのに、なぜか声が優しい。
「本当に大丈夫か? 悩み過ぎは良くないぞ?」
心配、されてる?
本物のいい人だったんだ、浅井課長!
「課長〜! こんないい人なのに、どうして独身なんですか?!」
ピクリと眉が動いたように見えたのは、私の視界がグラついていたせいか。
「……大丈夫そうだな。気をつけて帰れよ」
優しかったはずの声はなぜだか、残業して帰る時にかけられるものと同じトーンになっていた。
「え?! ちょっと!」
再び向けられた背中が止まる事はなく、さっきより明らかに速度を上げた浅井課長の姿は、あっという間に見えなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!