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「ちょ、ここ会社ですよ? みんないるのに」
言われて視線を走らせれば、確かに周りにいた社員たちの視線が集まっていた。
丁度いいアピールになるじゃないか。俺とひなたは仲が良くて入り込む余地なんてないと噂になれば、吉永のようにちょっかいを出そうとする輩も減るだろう。
なんて考えるのは楽観的すぎるだろうか。
「いいじゃないか、夫婦なんだから。それに今は昼休みだ。ここでキスする訳でもないし、ただ話しているだけだろう?」
照れて俯く顔を覗き込んでやれば、上目遣いで睨まれた。
「セクハラですよ? 課長」
「ははっ、それは困るよ、奥さん」
手にしたおにぎりに齧り付く。触れたい衝動を抑えるためだ。
さっきみたいな表情に、ここがリビングのソファーだったら押し倒したいほどの威力があることには、ずっと気づかないでいて欲しい。
無自覚でする表情だから堪らないのだ。
ああ、週末が待ち遠しい。なぜ契約を詰める時に週末婚なんて提案をしてしまったのか、今になって悔やまれる。
「それ、タラコですか?」
「ん? ああ、そうだ」
じーっと視線が向けられているのは俺の方でなく、手にしたおにぎりの方。
狙っているのか、食いしん坊め。
「ふっ、食いたいならそう言えばいいだろ? ほら、あーん」
口元へ差し出してやれば、躊躇いがちな瞳に見上げられた。
「食べたいけど……」
「遠慮するな、ほら、今なら大丈夫、そんなに見られてないから早く」
周囲からの視線は感じていた。だが、ここにパクリと齧り付く姿をどうしても見たい。
ひなたは躊躇いながらも、上目遣いに俺とおにぎりを交互に見遣って、それからパクリとおにぎりに齧り付いた。
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