▼ なぜか

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「ちょ、ここ会社ですよ? みんないるのに」  言われて視線を走らせれば、確かに周りにいた社員たちの視線が集まっていた。  丁度いいアピールになるじゃないか。俺とひなたは仲が良くて入り込む余地なんてないと噂になれば、吉永のようにちょっかいを出そうとする輩も減るだろう。  なんて考えるのは楽観的すぎるだろうか。 「いいじゃないか、夫婦なんだから。それに今は昼休みだ。ここでキスする訳でもないし、ただ話しているだけだろう?」  照れて俯く顔を覗き込んでやれば、上目遣いで睨まれた。 「セクハラですよ? 課長」 「ははっ、それは困るよ、奥さん」  手にしたおにぎりに齧り付く。触れたい衝動を抑えるためだ。  さっきみたいな表情に、ここがリビングのソファーだったら押し倒したいほどの威力があることには、ずっと気づかないでいて欲しい。  無自覚でする表情だから堪らないのだ。  ああ、週末が待ち遠しい。なぜ契約を詰める時に週末婚なんて提案をしてしまったのか、今になって悔やまれる。 「それ、タラコですか?」 「ん? ああ、そうだ」  じーっと視線が向けられているのは俺の方でなく、手にしたおにぎりの方。  狙っているのか、食いしん坊め。 「ふっ、食いたいならそう言えばいいだろ? ほら、あーん」  口元へ差し出してやれば、躊躇いがちな瞳に見上げられた。 「食べたいけど……」 「遠慮するな、ほら、今なら大丈夫、そんなに見られてないから早く」  周囲からの視線は感じていた。だが、ここにパクリと齧り付く姿をどうしても見たい。  ひなたは躊躇いながらも、上目遣いに俺とおにぎりを交互に見遣って、それからパクリとおにぎりに齧り付いた。
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