▼ なぜか

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 その瞬間、ヒュウッとかひゃあーとか聞こえたが、そんなことより餌付けに成功したような嬉しさで、完全に顔も気持ちも緩んでしまった。 「かわいい……」 「ん?」  感情が勝手に漏れてしまったらしい。  もぐもぐ口を動かすひなたに首を傾げられ、慌てて残りのおにぎりを頬張った。 「美味ひいれふね、タラコ。なかったんれふよぉ朝」 「こら、食べながら喋るな」 「ふみまへーん、でもきょーふけはんらってー」  楽しい時間だが、昼休みが終わるまでこんな調子ではさすがにマズイ気がしてきた。早めに戻って仕事モードに切り替えておくべきだろう。 「ほら、デザートやるよ。俺は先に行くからごゆっくり」  ヨーグルトの入った袋を膝に乗っけてやり立ち上がれば、戸惑った声が俺を引き止めようとした。 「え、もう行っちゃうんですか?」  そんな可愛いことを言ってくれるな。いや、言って欲しいのだが、複雑だ。  そういう思いを手のひらに乗せて、その手をひなたの頭の上に乗せた。 「よく噛んで食べるんだぞ?」 「もうっ、だからちびっ子じゃありませんって」 「ははっ、そうだった、じゃあな」  きゃあ、とか笑った、とか言う女性たちの声が聞こえて、俺が笑ったのはそんなにおかしな事だったかと首を傾げたくなる。 「あ、ごちそうさまです!」  ひなたの声が背中に届いて、それに右手を軽く挙げて応えた。  うんと苦いコーヒーでも飲めば、この緩みは戻るだろうか。それより、エスプレッソマシンでも買って給湯室に置いた方がいいだろうか。
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