5220人が本棚に入れています
本棚に追加
その瞬間、ヒュウッとかひゃあーとか聞こえたが、そんなことより餌付けに成功したような嬉しさで、完全に顔も気持ちも緩んでしまった。
「かわいい……」
「ん?」
感情が勝手に漏れてしまったらしい。
もぐもぐ口を動かすひなたに首を傾げられ、慌てて残りのおにぎりを頬張った。
「美味ひいれふね、タラコ。なかったんれふよぉ朝」
「こら、食べながら喋るな」
「ふみまへーん、でもきょーふけはんらってー」
楽しい時間だが、昼休みが終わるまでこんな調子ではさすがにマズイ気がしてきた。早めに戻って仕事モードに切り替えておくべきだろう。
「ほら、デザートやるよ。俺は先に行くからごゆっくり」
ヨーグルトの入った袋を膝に乗っけてやり立ち上がれば、戸惑った声が俺を引き止めようとした。
「え、もう行っちゃうんですか?」
そんな可愛いことを言ってくれるな。いや、言って欲しいのだが、複雑だ。
そういう思いを手のひらに乗せて、その手をひなたの頭の上に乗せた。
「よく噛んで食べるんだぞ?」
「もうっ、だからちびっ子じゃありませんって」
「ははっ、そうだった、じゃあな」
きゃあ、とか笑った、とか言う女性たちの声が聞こえて、俺が笑ったのはそんなにおかしな事だったかと首を傾げたくなる。
「あ、ごちそうさまです!」
ひなたの声が背中に届いて、それに右手を軽く挙げて応えた。
うんと苦いコーヒーでも飲めば、この緩みは戻るだろうか。それより、エスプレッソマシンでも買って給湯室に置いた方がいいだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!