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たくさん喋ったあとは駅まで二人で歩いて、ちょうど帰りがけの旦那さんに車で拾ってもらうと言う美保と別れ、ホームで電車を待った。
ちょっと遅くなってしまったけれど、楽しい時間を過ごせたことで満足だ。
「ひなた?」
「わっ!」
驚いて大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
振り向いて視線を上げてみれば、そこにいたのはやはり恭介さん。大きな声を出してしまったにも関わらず、迷惑そうな様子はちっとも見せないのが大人対応でありがたい。
「すみません。恭介さん、今まで残業?」
「ああ。お前は? どこかで油でも売ってたのか?」
奥二重の目が大きく開いた。
「友達と。総務の上田さんなんですけど」
「それはもちろん、女友達だろうな?」
その訊き方、ヤキモチみたいに聞こえるのに。夫婦っぽいことをしようとしてわざと言ってる?
「そ、そうです、もちろん」
ドギマギしながらも答えれば、私を見下ろす目は細まって、口角がきゅっと上がった。
「ぁっ」
頭の上に置かれた大きな手の感触に、小さく声が漏れた。
それなら許してやる。まるでそんな風に言う代わりのような、温かな手だ。
「だとしても、こんな時間に一人で家まで歩くのは感心しないな」
「大丈夫ですよ、いつもはもっと早く帰ってますから」
「俺の家に泊まるか、俺に車で送られるか。どっちにする?」
「いや、どっちでもなくて大丈夫ですって。ちゃんと帰れますから」
「選べないなら泊まり決定だ」
「なんでっ?」
「大事な奥さんをこんな時間に一人では歩かせられない。ほら来た、乗るぞ」
ホームに滑り込んで来た電車に、手を引かれて乗った。そんなことが嬉しくって、擽ったい。
電車の中は全く混んでいなかったのに、一駅だからと立ったままでいようとする恭介さんに倣って、そのまま隣に並んだ。
「座らなくていいのか?」
「はい」
私だけ座ったら、この手が離されてしまう。それが嫌なんですなんて言えないけれど、代わりに車窓に映る恭介さんの姿をときめきながら見つめた。
手を繋いで電車に乗っているだけなのに、こんなにときめくなんて思わなかったな。もう大人なのに。
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