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車窓の中の恭介さんと、目は合わなかった。だから気づかれていないんだと油断していた。
「そんなに見るな。食いたくなってくる」
そう言われるまでは。
頭をこちらに傾けるようにして頭上から落とされた囁きに、ドキッとした。その瞬間車窓の中で目が合って、更に心臓が跳ねる。
言葉も出ないほど固まってしまった車窓の中の私に向かって、恭介さんは余裕そうに笑いかけた。
そのまま目を合わせていられるほどの余裕が私の方にあるわけもなく、俯く。
「腹が減ってるからな。なんだか美味そうに見える」
美味そう?!
なんと言っていいかもわからず目を見開いた。
そう言えば最近、スカートのウエストに余裕がなくなってきたような。太ったのかも。美味しいものばかり食べる機会が増えていたから。
このところ毎週のようにお酒を飲んで、週末には恭介さんの美味しい手料理をご馳走になっている。今日だって、美保と行ったのはイタリアンカフェだ。ちょっと食生活が潤いすぎていた。自重しないと。
いろんな意味で顔が火照って熱い。恭介さんといると、こんなことばかりだ。
「さあ降りるぞ。ちゃんと足元を見て」
「あ、はい」
繋がれたままの手を、くっと引かれて歩き出す。改札を抜けるときはさすがに離された手が、その後また、さっきと同じように大きな手に包まれた。
幸せすぎる。
自分の手を見てそんな風に思ったのは初めてだ。
この手も、契約しているから繋いでもらえるのだな、と思うと複雑な反面、あと二ヶ月はこんな生活が続けられるのだと思えば、やっぱり心は浮上したがる。
単純だな、私。
「さあ、どっちにするか決まったか?」
駅から出て街灯の照らす道を歩きながら、恭介さんの声を聞いた。
選択肢は、やはり二つしかないらしい。だから心の中で決めてから、隣を歩く恭介さんを見上げた。
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