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「恭介さん、あの、やっぱり送るの面倒ですよね?」
残業もしていてお疲れなのに、今から車を出せなんて言ったんだ。そりゃあ面倒に思ったとしても仕方ない。
だから部屋まで来させて、やっぱり泊まれ、なんて言われちゃったりしたらどうしよう!
ああでも明日も仕事だし、今日は帰らなきゃ。だって着替えもないんだよ?
なんて一人照れていたけれど、サクッと否定され、ニヤついて緩んでいた頬が一瞬でピキッと固まった。
「いや、別に?」
「へ?」
「どうして?」
「だって、部屋まで来いって……」
勘違い、恥ずかしい。
「下で待たせて誰かに持っていかれたら困る」
それ、冗談?
そんな真面目な顔で言うことじゃないような。
「いやそんな、物じゃないし」
いくらなんでもそんなことないよ。ちびっ子じゃあるまいし、ひょいと抱えて運ばれるなんて、現実にはありえなくない?
冗談なのか本気なのか計りかねて、訝るように見上げた。
「……わかってないな。可愛いから心配なんだ、俺の奥さんは」
何を言い出すのか。
表情筋が忙しい。緩んだと思えば固まって、かと思えばまた緩められて。
チラ、と視線を寄越してから何食わぬ顔でそんなことを言ってのける。その余裕が、四つの歳の差なんだろうか。
「あ、あんまりからかわないでください。恭介さん、最近変ですよ?」
「変、か……そうかもしれないな。こんなこと、本気で言うんだから」
すぐからかうんだから。
そう言おうとして隣から見上げた恭介さんは、じっと階数を示す数字の辺りを見つめていた。
それを見たら何も言えなくなってしまって、同じように上を見上げて、五階で静かに開いたドアから二人、無言で部屋の前まで歩いた。
本気でなんて、あるわけないよね。
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