ときめき

10/30
前へ
/246ページ
次へ
「はい、だから止まったら」 「すぐ食べたい」 「そんなこと言ったって……」 「開けて、口に入れてくれ。もう死にそうだ」  いや、それは大げさでしょ?  今すぐチョコレート食べないと死ぬとか、子供の言うことだから。  恭介さんの要求にポカンとしていると、更に大げさな駄々をこねられた。 「ひなた、早く。残業と空腹で死にそうだ」 「いや、そんな簡単に死なないでくださいよ」 「ひなたはいいよなあ。友達と美味いもの食ってきたんだから。ほら、早くししてくれ」  どうしよう! 恭介さんが子供みたいに甘えてくる。いつもはあんな余裕たっぷりの大人なのに。  でも、可愛い! 「もう」  なんて呆れたフリで包装を開け、恭介さんの口に入れやすいようにと左手でチョコレートを摘んだ。 「はいっ」  差し出した手を、恭介さんが見るはずもない。  当たり前だ、運転中なのだから。  だから体を運転席側に捻って、少し高いところにある恭介さんの口元へチョコレートを運ぶ。すると恭介さんも少しだけ体を左に傾けた。それでも距離感が掴めないのか、チョコレートが見えないからか、なかなか口を開けてはくれない。  恥ずかしいけど、あれを言うしか上手く口に入れてあげる方法がない。 「恭介さん、あ〜ん」  その一言でパカっと開いた口の中へ、そっとチョコレートを入れた。  恭介さんの唇に指先を掠められ、めちゃくちゃ恥ずかしい。そして、恭介さんが可愛すぎ!  課長なのに、あ〜んって!  興奮して、ついそのままじっと見つめてしまった。  もぐもぐと咀嚼する姿まで可愛く見えてくる。こんな姿、会社では絶対絶対見られないレア物だ。  そんな風にニヤニヤ眺めているところを不意に振り向かれ、バッチリ目が合った。傾けたままの体のせいで、ちょっと距離も近い。  あ、でも運転中! 「恭介さんっ、前、前見て!」
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5220人が本棚に入れています
本棚に追加