ときめき

11/30
前へ
/246ページ
次へ
 言いながら自分も焦って前方に目を向ければ、信号は赤。 「あ、赤」 「だな」  それでもう一度恭介さんに視線を戻せば、同じようにこちらを向いた目と、そのまま数秒見つめ合うことになった。  狭い車内で隣同士。私の軽よりずっと広いけれど、密室だし、距離も近いし、何より暗い。  そんな状況で見つめ合って、フッと微笑まれたらきゅんとして、このままキスするのかな、なんてうっかり目を閉じてしまいそうになる。  けれども恭介さんはフイと前を向いてしまって、ああ……なんて残念に思ったのと同時に、車はまた走り出した。  明らかに、がっかりしている自分がいる。  いや、がっかりって。  多分、あの蕩けるキスのせいだ。おやすみのキスやおはようのキスはしていたけれど、そんな時は触れるだけ。だけどあの日、吉永君から助けてもらった後にされたキスが実は忘れられず、無意識に欲してしまっている。  やだな、これじゃ完全に欲求不満だ。  キスのことは頭の中から追い払おうと、体勢を戻した。運転の邪魔になるようなことは慎まなくては。  なんとなくでろっとしていた体をピンとさせて前を向けば、いつの間にかもうアパートの前に到着するところだった。
/246ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5220人が本棚に入れています
本棚に追加