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「あの、浅井課長……」
休憩スペースにある自動販売機の前で、コーヒーが出来上がるのを待つ間に背後から声をかけられるのは、よくある事だ。
だが声の主が男でないことに、僅かばかりの驚きは感じた。でありながらすぐに石森だとわかるから、心の内に小さな波がたった。
結婚を迫られたのなんか初めてだったから、まあそれなりの衝撃はあったわけだ。それをあからさまにするのもスマートでない気がして、何食わぬ顔で振り返る。
「どうした?」
「すみません、あの、ちょっとお話が」
キョロキョロと見回して周囲の視線を気にするのは、聞かれたくない内容だからなのだろうか。週末のことなら仕事中にするような話でないとは思ったが、コーヒーを飲み終わるまでの時間くらいならくれてやっても構わないだろう。
「お前も飲むか?」
不自然にならないよう訊ねながら硬貨を投入してやれば、石森はコクンと頷いた。元気だけが取り柄、と常々言っているくせに、それはどこかへ置いてきてしまったようにしおらしい。
「はい、後でお返しします」
「いや、いいよ。俺のおごりで」
返金してもらわねばならないほどの額でもないのに。
「すみません、ありがとうございます」
そう返されて、普段はしっかりしているのだなと、金曜の、だいぶ酔っていたように見えた姿を思い出した。あの時の石森は、かなり酔っていたのかもしれない。
カップに注がれたコーヒーを手に、通路の端、別棟と繋がる扉の前まで移動して、壁を背に石森と向かい合う。
ここならあまり人目にはつきにくい。
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