ときめき

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 膝掛けとか持ってくるんだったなあ。なんて思いながら、給湯室までのそのそ歩いた。  カーディガンは羽織っているけれど、十月の中旬だからまだいいかと膝掛けまでは気が回らなかった。明日は持ってこないと、冷えて余計に辛い。  ポットのお湯でも飲んだらいいか、味はないけど。と給湯室へ入ると、「え?」と声が出た。 「何してるんですか?」 「昼飯食ってる」  いやそれは、見ればわかるんだけど。  この時間でサンドイッチに齧り付く姿を見れば、誰だって昼食だと思うだろう。  でもなぜここで?  と訊こうとしてやめた。私の部屋じゃないし、誰が使おうと自由だっけ。  ポットのお湯をカップに注ぎ、恭介さんの隣に腰をおろした。  スマホでアラームをセットして、カップのお湯にふうふう息を吹き掛けて冷ます。 「これ飲んだらちょっと寝ます」 「ん」  口に食べ物が入っているせいだろうけれど、いつもの恭介さんらしからぬ返答には課長という上司感が少ない。  休憩中だから多少リラックスしているのかも。 「さっきは、ありがとうございました。ほんと、迷惑かけてすみません。おやすみなさい」  そう言って突っ伏した。  すると肩に何かが掛けられた。  あったかい。多分ジャケットだろう、恭介さんの。  さっきは着ていなかったのに、いつの間に持ってきたのやら。  悪いと思うより嬉しさが勝って、素直に借りることにした。 「あったかい」 「おやすみ」 「おやすみなさい」  柔らかな声が響いて、大きな手が髪を撫でてくれる。ここ、会社なのに。  でも昼休みだし、誰も見てないからいいかな。  ジャケットには、恭介さんの温もりと共に僅かな香りがある。そっと抱きしめられているようで安心したら、すぐに記憶がなくなっていた。
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