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「どうした?」
訊ねてコーヒーを啜る。十中八九、週末のことだろうと思いながら。
両手でカップを持つ石森の方から甘い香りが漂ってきた。何のボタンを押したかまでは見ていなかったが、きっと、俺が到底選ぶはずのないものなんだろう。
昼前の中途半端な時間にそんなものを飲んでしまって、その細い体に昼飯が入るのか。
そう思ったが、そんなこと俺が心配するのもおかしいか、と思い直す。
「あの、金曜日はすみませんでした。ご迷惑をおかけして……」
やはりそのことだったか。
あの夜はあんなに強引に言いたいことを言ってきたのに、目の前にいる石森は別人のように神妙な面持ちで思わずからかいたくなる。
「本当にな、参ったよ。あんな往来で大胆にも、なあ?」
意地悪のつもりは微塵もなく、重く受け止めているようならそんな必要はないという意味で微笑みかけたのだが、石森には伝わらなかったのか、ポカンとされてしまった。
「ああ、冗談だ。気にしなくていいから。石森も、何か辛いことでもあったんだろう?」
慌ててフォローすると、石森も慌てて言葉を発する。
「あ、いえ、すみません! 本当に……」
石森がそれきり口を噤んでしまうから、どうしたものかと考えているうちに妙な沈黙が訪れた。
ただ、謝罪のためだけに声をかけてきたのか。
話を聞いて欲しくて、声をかけてきたのか。
部下のプライベートにまで言及するつもりもないし、しなければとも思わない。だが、度を越して思い悩んでいるとなると業務に支障が出ることも考えられる。であれば、その兆候を察しておきながら見て見ぬ振りをするのは、上司として如何なものか。
石森が話すかどうかは彼女の自由だ。
聞くだけ、聞いてやろうか。
そんな軽い気持ちで口を開いた。
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