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美穂によると、恭介さんという人はこんなだ。
三十歳の若さで我が社初の課長職に就いた人で、女子社員の中には隠れファンもいて、入社直後から数年は毎年誰かしらに告白されていたらしく、結婚の書類が回ってきただけで総務課を騒然とさせた人。
そんな情報誰に訊いてきたんだろう、と私まで感心してしまった。
とそこで、暖簾の下の方に、スラックスの足元が近づいたのが見えた。
恭介さんが着ていたのと同じミディアムグレーのだ。
立ち上がってそっと布の端を捲ってみれば、グレーのジャケットにボルドーのネクタイ。
あれ? ネクタイこの色だったっけ?
会社で見たのとは違う雰囲気に感じたが、更に目線を上向けていけば、大好きな、奥二重の整った顔があった。
「恭介さん」
「ああ、ひなた。よかった、ここだったか」
ニコリと微笑まれ、キュンとする。
それが妹に向けるのと同じ笑顔なんだとしても、私の思いが恭介さんにまっすぐ向かっているのは間違いない。
背後から利里亜と花乃のはしゃぐ声が聞こえて、そうだ、二人きりじゃなかった、と思い出した。
「あの、美保はともかくあとの二人は言いたい放題なんで、全部聞き流してくれて大丈夫です。すみません」
「先に謝るほどか。それは楽しみだな」
「え?」
「ちょっとひなた、早くぅ」
急かされて、一つ呼吸をしてから、暖簾の内側に恭介さんを招き入れた。
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