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「俺」
「あの」
同時に発してしまった声というのは、どうにも気まずい。
「すみませんっ、どうぞ」
すかさず先手を打ったのは石森。
それほどオヤジになったつもりもないが、俺よりいくつか若い石森の方が反応が素早かったのは事実で、苦い笑みが漏れた。
「ああ、すまない。俺でよかったら、話くらいは聞いてやる。一応上司だからな」
変に勘ぐられてもいけないと、上司である部分を敢えて強調する。セクハラだとかパワハラだとか、そんなもののせいで今までの努力を無駄にする気はない。
「浅井課長……やっぱりいい人なんですね! でも、ご迷惑じゃありませんか?」
いい人。確か金曜の夜にもそんなことを言われたような気がする。だがあの時は、こっちの迷惑なんて顧みない態度だったはずだ。酔っていない今は、ちゃんと配慮ができるらしい。
それに今し方見せた表情。花が咲いたように笑ったかと思えばすぐに不安そうな、窺う表情に変わった。コロコロと表情が変化して、純真というか、まるで子供のようだ。
泣いていたのかと心配してやれば意味不明なことを口走った週末の記憶と相まって、思わず込み上げた笑いを堪えきれなかった。
「ふっ……」
「笑われた」
「いや、悪い。申し訳ない。迷惑なんかじゃないさ、石森が迷惑でなければな」
口を付けたカップの縁から窺うように石森を見れば、ほのかな赤みで頬が染まっていた。
笑ってしまったから、気を悪くさせただろうか。
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