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「ひなた」
「そうやって優しく呼ぶのも、全部演技なんですよね。恭介さん、俳優になったらよかったのに」
そうだったら、こうやって出会って、上司と部下以上の思いを抱くことなんてなかったのに。
言えない代わりにヘラヘラ笑っておいた。涙も流れっぱなしのまま。
「ひなた、本当にそう思うのか? 俺が演技しているだなんて」
「だって」
目を合わせられない。
こんな状態で目を合わせたら、好きが流れ出していくのを隠せない。
「ほら、こっちを見て、俺を、ちゃんと見てくれ」
言い聞かせるような低い声に促され、恐る恐る顔を上げた。
だけど、その奥二重の目に宿る熱まで演技だと言うのなら、私はもう誰にも恋心を抱くことなんてできないだろうと思う。
「どうして……どうしてそんな風に見るんですか? もう演技なんていらないのに」
「演技なんかじゃない。さっき店で言った通りの目で見ているつもりだ。俳優なんかじゃないから、伝わらないか?」
苦笑する恭介さんの言葉が瞬時には理解できなくて、必死に思い出そうとした。
「さっきのって……」
「ただの部下相手に、こんな感情は持たない」
狼狽えてしまう。こんな感情とは、一体どんな感情だと言うのか。
さっき居酒屋で恭介さんが言った言葉を必死になって脳内に呼び起こし、再生させる。
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