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何を考えているのかはわからないが、切羽詰まっていることは伝わってきた。
もしかしたら追い詰められているのでは。そう思って飲みに誘ったのだが、やはりやめておくべきだったのかもしれない。せめて、酒のない場所を選ぶべきだったか。
次第にとろんとしていく目つきを若干危惧した時には、既に遅かったらしい。
「浅井課長にはわかりまてんよ、私の気持ちなんて」
「そうだな」
悩んでいる人間には共感。
どこかで仕入れたその情報は、間違いだったのだろうか。
「そうだな、じゃないんれす! なーんで結婚結婚て自慢されなくちゃならないと思いますぅ?」
「さあ、なんでだろうな」
「マウントなんかとって、なーにが面白いんれすかあ。私はねえっ、黒いバナナじゃありまてん! 勝手に決めつけないでくらたいっ!」
人差し指を鼻先に突き付けられ、思わず顔を引っ込めた。黒いバナナとは、一体なんのことを言っているのやら。
「石森、飲みすぎだ。すみません、水を」
店員を呼び止めたが、苦笑いされた。自分より若い女にくだを巻かれる俺に対する失笑、だろうか。
なぜ俺がそんな目で見られなきゃならない?
月曜からこんな場所で部下の世話をさせられている自分は、一体なんのためにこんなことをしているのだろう。
「水ぅ? そんなのいらないっ。くれるならサインくらさいっ、婚姻届に。へへぇ」
怒ってみたり、笑ってみたり、石森は完全に酔っている。早く帰して休ませた方が互いのためであることは、間違いなさそうだ。
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