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ゆらゆら不安定に揺れている石森を見ていると、いつ落っこちるのかと気が気じゃない。
カウンターの椅子は座面が高く背凭れが低い。だからふらりと倒れそうな気もして、でも部下の背中に触れるわけにもいかなくて、それでも放ってはおけなくて。
運ばれてきた水を差し出そうとしたが、払い除けられてびしょ濡れになった場面を想像して、仕方なく口元まで運んでやった。
「ほら、飲め」
「う、んっ、んっ、っあ〜」
案外素直に口に含み飲み干していく様は、さながら幼児。全く、世話の焼ける。
話す内容も、俺にとってはどうでもいいことだ。
石森に聞かれた時もそう答えたが、結婚に興味はない。それに今は、彼女もいない。女性に興味がない、というのとは違うが、現状、そこに費やす時間も何もないのだ。
だから、友人に結婚を自慢されて荒れる石森の気持ちは理解できない。腹を立てるようなことでもないのだし。
「石森、タクシー呼ぶから一人で乗れるか? どっち方面だ?」
訊ねると、ムウっと唇が尖った。
こんな表情、社会人が、しかも上司相手にするものなのかと唖然としながら、別段不愉快にも思っていない自分がいた。珍しい動物でも観察するかのような気分でいる自分こそ、多忙な生活で擦り減っているんだろう。
それこそさっさと帰って休んだ方が身のためだ。石森をタクシーに乗せたら、自分もすぐに帰ろう。
「……帰りません」
「なに?」
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