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「別にどうも?」
恭介さんは逆に、余裕の笑みを浮かべていた。
それをぽかんと見つめる。
「誰が何を言ってこようが、俺が一緒にいたいと思ったのは結局ひなただけだったんだ。こんなに可愛くて、世話が焼けて、俺を乱すくせに笑顔にさせてくれる女、手放すわけないよ」
ぶわあっと込み上げた感情と共に、涙が溢れ出た。それが流れて、恭介さんの腕を濡らす。
こんなに甘い表情の恭介さんは、誰にも見せたくない。
「泣くほど嬉しいと受け取って、いいんだよな?」
頷いて、泣きながら笑った。
「もう、ずるい! かっこいいのに優しくて、何でもできて、しかも上手で、しかも課長で、好きすぎっ!」
ぎゅっと大きな背中に腕を回してしがみつくと、課長は関係あるのか? と笑われた。
笑いながら、子供をあやすように優しく背中を叩いてくれる。そういうところも好きだ。
「大切な奥さんにそうまで言われたら、頑張るしかないよな、夫としては」
大切な奥さん。
到底誰にも言われないと思っていたそんな言葉を、まさかこの人が言ってくれることになるなんて、あの夜には思いもしなかった。
たまたま通りがかった恭介さんとたまたま酔っ払った私は、きっとこうなる運命に導かれてここまできたのだろう。
ただの上司だった恭介さんと、ただの部下だった私の交わしたとんでもない契約が、かけがえのないものへと変わっていた。
そう思うと、自分の突拍子もないところだって好きになれそうな気がする。
決して嘘は言わない恭介さんだから、ひとつひとつの言葉を信じられる。疑うことなんか必要ないと思わせてくれる。
そんな素敵な人が私の愛しい旦那様になってくれたのだ。
家事もろくに出来ないダメ女の私にできることはきっと少ない。けど、少ないながらも、どうにかこの人を幸せにしてあげたいと、そう思った。
きっと簡単じゃない。
だけどやれるはず。いや、やるんだ。
「ありがとう、恭介さん。大好きっ!」
決意を込めて告げれば、これ以上ない優しい目をした恭介さんが、私だけを見つめてくれた。
今思えばとんでもない契約だったけれど、あの夜、衝動に従って声をかけたのだけは、私の人生での大正解だったと思う。
あんな契約ごと私を受け入れてくれた恭介さんとなら、この先もきっと、大正解を選んでいけるに違いないと、そう強く思えるのだから。
「ねっ!」
「ん? なんだ?」
「ふふん。なんでもないでーす」
「こら、くすぐったい」
「へへっ」
END
本編完結 2021.10.14
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