5222人が本棚に入れています
本棚に追加
/246ページ
パジャマのまま並んでキッチンに立つ新婚夫婦。
だが私は、至って真剣だった。
いざ、フライパンの上に割り落とそうと、卵を掴んだ手を持ち上げたその時。
「待て、一緒にやろう」
卵を掴んだ私の手を、恭介さんが掴んだ。
すっぽり覆われてしまうほど大きな手だ。
「いいか、あまり強すぎてもいけないし弱すぎても上手くいかない。行くぞ?」
掛け声と共に持ち上がった手が、ワークトップに向かって降りるのは一瞬。
カツン、と卵に与えられた衝撃が手に伝わってきて、手のひらをひっくり返される。
綺麗に割れ目のついた卵はまだ完全に割れてはいなかった。
「おお、すごい」
「いいか? この割れ目に親指を添えて、左右に開くんだ」
「はい」
フライパンの上で言われた通りにすれば、パカッと割れた殻の中からスルンと中身が落ちた。
「やったあ!」
「ふっ、子供に教えているみたいだな」
「あ、バカにした。まあ、その通りですけどね」
「じゃあ次は一人でやってみるか?」
「もっちろん!」
ほんと、小学生でもできるレベルかもしれないが、とにかく苦手なのだからこの程度でも出来たことが嬉しい。
緊張しつつ卵を手に取り、カツンとぶつけてみる。
「弱いな」
もう一度同じようにすると、今度は綺麗な線が入って、フライパンの上にスルンと中身が出てきた。
「やった!」
「お、上出来」
お褒めの言葉と共に頬にキスまでもらってしまったが、今私がやったのは、フライパンに卵を割り入れただけのことだ。
「へへ、嬉しいけど、甘やかしすぎじゃないですか?」
「そんなことない。黄身も割れてないし上手く出来たよ、えらいえらい」
後ろから抱きしめてまたキスをくれる。
こんなことくらいで褒めてもらえるほど低いレベルなのは情けないが、恭介さんの気持ちは嬉しいから、ありがたくいただいてやる気エネルギーにしてしまおう。
「わーい、もっと頑張っちゃおっと」
「それならひなたの淹れてくれたコーヒーが飲みたいな」
「もっちろん、てそれ、料理じゃないですけど」
「ははっ、バレた」
「もうっ、せっかくやる気満々なのにぃ」
「そうか。でもあとは俺にやらせてくれ。昨日は少し無理させたからな」
昨夜の営みを思い出すような言葉に頬が熱くなる。背後から抱かれているおかげで見られずには済むが。
「それに今日は、他にやりたいことがあるんだ」
「え? なんですか?」
思わず背後を振り仰いだ。
最初のコメントを投稿しよう!