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口走ってすぐ、とんでもないことを了承させられたのだと気がついて、こんな事どう考えても反則だろうとも思った。
それなのに、ニヤッと笑う石森を見たら、今し方感じた深刻さや危機感は、ふわっとどこかへ消えてしまった。
石森の腰掛ける椅子の背に掴まってようやく体勢を保っていられるほどだったから、そう答えるしかなかったのだ。そのまま覆い被さってしまうような、およそ居酒屋で取るべき行動でないことを公衆の面前でしてしまうのは困る。
そう、自分に言い聞かせるようなことを考えて。
それに、急な動作と、近付き過ぎた距離感に惑わされたのは否めないとしても、一度口にしてしまったことを後から取り消すわけにはいかない。
「やったあ!」
ヘラヘラと嬉しそうに笑う石森を、罠に嵌められたような心地で眉を顰め眺めた。
至近距離で見たそれは、ふにゃりと歪んで屈託も何もない。突拍子もないことを言い出した割にあどけなくて、不思議と憤りは生まれなかった。
仕事中に見るはずもない表情だから珍しい。ただそれだけの理由で、ヘラヘラと笑う石森に目を奪われる。
と、ネクタイを引っ張る力が急に緩んだ反動で、体が後方へと傾いて焦った。
そんな自分がおかしくて、今度は笑いがこみ上げる。
「おっと、ふっ、はははっ」
プライベートで声を出して笑ったのなんて、いつぶりだろう。それに気づいたのも、たった今だ。
「浅井課長、神れすねっ!」
「お前が悪魔でないことを願うよ」
「えへへっ」
酔った石森は、職場で見るのとは違って面白いかもしれないとまで思った。俺も結構、酔っていたのかもしれない。
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