黒いバナナ

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「そうなの! 売れ残って値引きシールが貼られたバナナを買ってくれるのなんて、よっぽどの物好きしかいないんだから」 「それ黒川先生じゃん! 懐かしい!」  利里亜の言葉に花乃がはしゃいだ。 「バナナって……」  美保は半笑いだ。 「腐る寸前ならまだしも、腐ったら終わりよ?」  利里亜の強い目ヂカラに、ぐっと体を押されたような気がする。それで脳裏に浮かんだのは、いつもにこやかだった初老の担任教師。  「皮が黒くなったバナナって、美味しいんだよねえ」そう言って目尻を下げていた、小学校の担任の黒川先生。定年間近の先生は、奥さんが、「もうダメね」と捨てようとするくらいのそのバナナこそ、大好物だったとか。  私、このままじゃそのバナナってこと?!  現在二十六歳。三ヶ月後の誕生日を迎えると二十七歳になる。彼氏には約一年前にフラれて、それ以来とんと色恋とはご無沙汰だ。結構普通に生きてきたと思ってたんだけど、もしかしてヤバイ状況?!  なんとなくだけど、三十近くなって付き合っている人がいれば、その彼が「結婚しようか」なんて言ってくれるものだと思い込んでいたところはある。  約一年前にフラれた彼に、すっごく嫌なところはなかった。すっごく好きなところもなかったけれど。それでもそのまま付き合って、いつかそう言ってくれる日がくるのだと漠然と思っていた。だがその彼が私に告げたのは、結婚でなく別れの言葉だった。  陳列棚に並んだバナナの中で、どれを選ぶかはお客さんの自由。どれも綺麗に包装されて丁寧に並べられたはずなのに、売れ残るものは確実にある。  まさか自分が、バナナの気持ちになってみる日が来るとは思いもしなかった。
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