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「石森」
「うわっ、はいっ!」
急に呼ばれたからって驚き過ぎじゃないか?
まあ、無理もないか。いつもなら「お先に失礼します」の声に「ああ、お疲れ様」と返すだけの俺に、こんなタイミングで呼ばれたのだから。
だが今声をかけたのは、皆の目を欺くためでもある。結婚の報告までしておいて素っ気なさすぎるのも不自然だろう。
「終わったなら、一緒に帰るか」
こんなことを職場で言う日が来るとは思わなかったが、これはこれでなんだか悪くない。演劇でもしているようで、そんな自分がおかしいような、楽しいような。
「えっ!?」
あまりにギョッとした声を出すから、まだ残っていた数人が一斉に石森を見た。その中で、石森の後輩にあたる川村が冷やかしの声をあげる。
「石森さん、そんなに慌てなくてもいいですよ。もうバレてるんですから」
職場では、今まで通り石森で通したい旨を伝えてある。その方が離婚した後、周囲も楽だろうと考えてのことだ。
石森はと言えば、あんぐり口を開けて、それからバタバタとデスクの上を手で触り、オロオロしている。
何をどうしようとしているのかわからないが、デスクの上は綺麗に片付けられていて何もない。
なんて動揺の仕方だ。
おかしくて、笑いが込み上げた。
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