▼部下と結婚

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「石森」 「うわっ、はいっ!」  急に呼ばれたからって驚き過ぎじゃないか?  まあ、無理もないか。いつもなら「お先に失礼します」の声に「ああ、お疲れ様」と返すだけの俺に、こんなタイミングで呼ばれたのだから。  だが今声をかけたのは、皆の目を欺くためでもある。結婚の報告までしておいて素っ気なさすぎるのも不自然だろう。 「終わったなら、一緒に帰るか」  こんなことを職場で言う日が来るとは思わなかったが、これはこれでなんだか悪くない。演劇でもしているようで、そんな自分がおかしいような、楽しいような。 「えっ!?」  あまりにギョッとした声を出すから、まだ残っていた数人が一斉に石森を見た。その中で、石森の後輩にあたる川村が冷やかしの声をあげる。 「石森さん、そんなに慌てなくてもいいですよ。もうバレてるんですから」  職場では、今まで通り石森で通したい旨を伝えてある。その方が離婚した後、周囲も楽だろうと考えてのことだ。  石森はと言えば、あんぐり口を開けて、それからバタバタとデスクの上を手で触り、オロオロしている。  何をどうしようとしているのかわからないが、デスクの上は綺麗に片付けられていて何もない。  なんて動揺の仕方だ。  おかしくて、笑いが込み上げた。
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