▼部下と結婚

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 廊下に出て、ロッカールームへと向かう石森をエレベーター付近で待った。  工場での作業従事者には作業服が貸与されているが、事務職の者は基本私服だ。デスク周りに置けない荷物を取りに行くだけだから、それほど待たされはしないだろうという予想通り、数人と挨拶を交わしたくらいの時間で石森は姿を見せた。  ロッカールームから出てきた石森は、俺の顔を見て僅かに驚いた様子だった。本当に待っているとは思わなかったんだろうか。  もう少し自然に振る舞えねば、嘘の関係だとバレてしまいそうだ。それに石森も疲れるだろう。  だが、お互いを知る時間が圧倒的に足りていない。この問題を解決するにはまず、二人で話す時間が必要だ。今のままじゃ、ただの上司と部下という関係が強すぎて、ぎこちなさが目立ってしまう。  エレベーターのボタンを押すと、程なくして扉が開いた。さっと中に入って開のボタンを押した。 「お邪魔します」  頭を下げて乗り込んでくる石森を横目で見て、閉のボタンを押す。  幸か不幸か二人きり。秘密の話をするにはちょうどいい。 「石森、俺に気を遣い過ぎるな。もっと適当な感じでいいぞ、仕事の時以外は」 「あ、はい」 「……この後、時間はあるか?」 「はい、これと言って予定はないですけど」  扉を見つめたまま訊ねれば、素直な声が返された。 「そうだろうな。だから俺と結婚したんだ」  そう言って首から上だけ捻って石森を捉えれば、むうっと唇を尖らせた石森が俺を睨んでいた。 「ははっ。図星を突かれると腹が立つもんだよな」 「浅井課長、意外と意地悪なんですね。知りませんでした」 「そうなのか? 奥さんなんだからそのくらい知ってないと」 「え? あ、はい。そう、ですかね」  ポッと赤らんだ頬がいじらしい。
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