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廊下に出て、ロッカールームへと向かう石森をエレベーター付近で待った。
工場での作業従事者には作業服が貸与されているが、事務職の者は基本私服だ。デスク周りに置けない荷物を取りに行くだけだから、それほど待たされはしないだろうという予想通り、数人と挨拶を交わしたくらいの時間で石森は姿を見せた。
ロッカールームから出てきた石森は、俺の顔を見て僅かに驚いた様子だった。本当に待っているとは思わなかったんだろうか。
もう少し自然に振る舞えねば、嘘の関係だとバレてしまいそうだ。それに石森も疲れるだろう。
だが、お互いを知る時間が圧倒的に足りていない。この問題を解決するにはまず、二人で話す時間が必要だ。今のままじゃ、ただの上司と部下という関係が強すぎて、ぎこちなさが目立ってしまう。
エレベーターのボタンを押すと、程なくして扉が開いた。さっと中に入って開のボタンを押した。
「お邪魔します」
頭を下げて乗り込んでくる石森を横目で見て、閉のボタンを押す。
幸か不幸か二人きり。秘密の話をするにはちょうどいい。
「石森、俺に気を遣い過ぎるな。もっと適当な感じでいいぞ、仕事の時以外は」
「あ、はい」
「……この後、時間はあるか?」
「はい、これと言って予定はないですけど」
扉を見つめたまま訊ねれば、素直な声が返された。
「そうだろうな。だから俺と結婚したんだ」
そう言って首から上だけ捻って石森を捉えれば、むうっと唇を尖らせた石森が俺を睨んでいた。
「ははっ。図星を突かれると腹が立つもんだよな」
「浅井課長、意外と意地悪なんですね。知りませんでした」
「そうなのか? 奥さんなんだからそのくらい知ってないと」
「え? あ、はい。そう、ですかね」
ポッと赤らんだ頬がいじらしい。
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