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外へ出ると、僅かだが涼しさを感じる風が吹き抜けて行った。
盛夏はとっくに過ぎたというのにまだまだ暑い日中に比べれば、この時間は随分とマシだ。陽が落ちた今は、肌を撫でて行く風が心地いい。
珍しく早くに帰ることのできる日だから一杯飲んで帰りたいような気もするが、今日はだめだ。石森がいる。
石森に飲ませれば、また酔っ払って話にならないことは容易に想像できた。石森を帰すまでアルコールはなしだ。
「石森」
「はいっ!?」
ぼんやりしていたのか、慌てたように返された返事に、苦笑いが込み上げる。
「まあ、そう力むな。石森も電車通勤だったよな?」
「あ、はい。なんかすみません」
「謝ることなんて何もない。俺たち、夫婦じゃないか」
おどけて隣を見れば、石森はぽかんとして、それからしみじみという様子で言った。
「浅井課長って、真面目でいい人だとばかり思ってました。なんか意外です」
なんか意外。
それはどういう意味か。冗談の一つも言わない人間だとでも思ったのか。いくら真面目でも機械じゃない。
「そうか? 石森だって意外なところがあるじゃないか」
「え? どこが?」
「俺が事務所で声をかけただけで、ビクビクしてた」
「そっ、それは!」
「それは?」
「こういう状況なんで仕方ないです」
「新婚だから?」
「……あの、からかってます?」
「いや? 石森の反応を楽しませてもらってる」
「それからかってる!」
「あははっ。そういう言い方もあるのか」
また声を出して笑ってしまった。
石森といると、普段の調子でなくなる瞬間があるような。
「もうっ」
怒る様子も新鮮だ。こういうところは職場で、ただの上司と部下であるならば通常見られるはずもないものだからだろう。
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