5222人が本棚に入れています
本棚に追加
/246ページ
住み慣れたマンションだ。迷いなどなくエントランスへ向かえば、さっきまで隣を歩いていたはずの石森の声が背後から聞こえた。
「ええっ?! ここ?!」
声のした方へ振り向くと、マンションを見上げた石森の口があんぐりと開いている。
「そんなに驚くほどじゃないだろ」
「だって、大きい!」
思わず吹き出した。
地方だし、主要駅から離れていることを考えたら、八階建てというのは大きい方かもしれないが。
「ははっ、なんだその感想。行けばわかるよ、普通だって」
「あ、はいぃ」
今度はなぜか恐縮したように肩を竦めているが、行くぞと一声かけて歩き出す。
エントランスを通過するにはマンションのカードキーが必要で、それを取り出して翳せば、石森はそんなことでもいちいち感嘆の声を漏らした。
「今時珍しくもないだろう、こんなの」
「でもでもっ、うちはガチャガチャ開ける鍵なんですよ!」
「ははっ、そうか」
手振りがついていたので思わず笑ってしまった。解錠、施錠に問題がなければ、自分としてはどちらでも構わない気がするが。
そうやっていちいち唸りながら玄関前に到着したのだが、ふと隣を見下ろせば、今度はどことなく緊張した面持ちでドアを見つめている。
驚いてみたり緊張してみたり、石森の忙しい感情が目に見えるのが新鮮だ。いくら部下であっても、普段がどんな風なのかまでは知るわけもなく、単に珍しい。
上司の家だからと緊張しているのだろうか。ならば余計な緊張はほぐしてやりたいが。
そう思ったわりにうまく頭は回らず、静かにドアを引いて中へと促すだけだった。
最初のコメントを投稿しよう!