▼部下と結婚

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 住み慣れたマンションだ。迷いなどなくエントランスへ向かえば、さっきまで隣を歩いていたはずの石森の声が背後から聞こえた。 「ええっ?! ここ?!」  声のした方へ振り向くと、マンションを見上げた石森の口があんぐりと開いている。 「そんなに驚くほどじゃないだろ」 「だって、大きい!」  思わず吹き出した。  地方だし、主要駅から離れていることを考えたら、八階建てというのは大きい方かもしれないが。 「ははっ、なんだその感想。行けばわかるよ、普通だって」 「あ、はいぃ」  今度はなぜか恐縮したように肩を竦めているが、行くぞと一声かけて歩き出す。  エントランスを通過するにはマンションのカードキーが必要で、それを取り出して翳せば、石森はそんなことでもいちいち感嘆の声を漏らした。 「今時珍しくもないだろう、こんなの」 「でもでもっ、うちはガチャガチャ開ける鍵なんですよ!」 「ははっ、そうか」  手振りがついていたので思わず笑ってしまった。解錠、施錠に問題がなければ、自分としてはどちらでも構わない気がするが。  そうやっていちいち唸りながら玄関前に到着したのだが、ふと隣を見下ろせば、今度はどことなく緊張した面持ちでドアを見つめている。  驚いてみたり緊張してみたり、石森の忙しい感情が目に見えるのが新鮮だ。いくら部下であっても、普段がどんな風なのかまでは知るわけもなく、単に珍しい。  上司の家だからと緊張しているのだろうか。ならば余計な緊張はほぐしてやりたいが。  そう思ったわりにうまく頭は回らず、静かにドアを引いて中へと促すだけだった。
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