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「玄関でもリビングでも、お好きな方へどうぞ」
「お、お邪魔します」
この様子だと、本当に玄関で突っ立ったままの会話で終わりそうだが、別にそれでも構わなかった。
契約内容と互いの情報をある程度交換できれば、目的は果たせる。
だが俺にとっては自分の家だ。自然と靴を脱いだが、石森がそれに続く気配がないことから振り返れば、予想通り玄関に突っ立ったままだった。
「そこでいいのか?」
「あ、はい、ここで」
やはり警戒されているらしい。
まあいい。いくら結婚すると言ってもやはり契約なのだ。必要以上のことをしてやるつもりも時間もない。
「じゃあ早速」
そう言って、鞄から手帳を取り出した。
「え、また書くんですか?」
「当たり前だ。契約なんだから、口頭だけじゃまずいだろ。それに覚え切れるかわからない。石森のこと全部なんて」
「……確かに……そうですよねっ、私も書いとこうかな」
一瞬、石森の声が沈んだように聞こえたが、多分気のせいだろう。
バッグの中から石森が取り出した手帳は、パンダの絵柄のものだった。
石森の年は確か二十六、七歳だったか。これくらいの年齢の女性がどんなものを選ぶのか、そんなこと知るはずもないが、随分と可愛らしいものを選ぶことを意外に思っていれば、視線に気づいた石森がぱあっと顔色を明るくした。
「これ、めっちゃ可愛いですよねっ。大好きなんです、パンダちゃん」
「パンダ、ちゃん……ふっ」
思わず吹いた。
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