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ドアの前で暫く立ち尽くしていたのは、そんなことを考えていたせいだが、エレベーターの方から足音が聞こえてきたのに慌てて、カードを差し込んでドアを開け、やっと中へ入った。
ついに、入ってしまったのだ。
先週もここまではお邪魔させてもらった。でも二人だった。それはそれで一応緊張したのだが、今日はもっと別の緊張がある。
浅井課長がいない。その状況で一人、男の人の部屋へ侵入していることへの緊張だ。
前回同様、正面にあるドアも左右のドアも、ここから見える範囲のドアは全て閉まっていて、どこがどの部屋の扉なのかすらわからない。一体何部屋あるのかすらも。
見てはいけない部屋だとか、開けてはいけない引き出しだとか、そういうものがあるんじゃないか。
いや、それなら鍵なんて渡さないか。
ああ、なんだろう、めちゃくちゃドキドキする。許可を得ているというのに、これじゃまるで、不法侵入の怪しい人だ。
別に悪いことをしに来たわけじゃない。私たちは結婚しているのだから。離婚前提だけど。
失くすわけにいかないカードキーをパスケースにしまって、それをバッグに戻して深く呼吸した。
「よし」
指先が妙に冷えている。
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