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固まってしまった。
そりゃ固まりますよ。普段名字で呼ばれているのに、二人っきりのこの状況で、いきなり名前で呼ばれたんだから。
「なんだ、嫌いだったか?」
両手にお皿を持ってダイニングテーブルに向かって歩く浅井課長が、こちらを見て肩を竦めてみせた。
長身のイケメンが、ワイシャツにエプロン姿で私にご飯を作ってくれた。しかも私の大好きなお肉。
これ、夢?!
「ひなた、聞いてるか?」
再び呼び掛けられ、ハッと我に返る。
そうだった。二人の時は名前で呼び合う。それは契約内容に盛り込まれていたんだった。
「あ、はい! 大好きです!」
叫んで、赤面した。
名前で呼び合うということは、私も浅井課長のことを下の名前で呼ぶ、ってことだよね?
照れる。その契約、必要だったんだろうか。
契約内容を確認する時、ほぼ頷くことしかしなかった自分を叱りたい。だけどその時は、浅井課長の言うことが尤もなように思えたのだ。
まあ、課長は基本真面目な人だから、突拍子もない契約内容にはなっていないはずだ。
「そうか。だったらこっちに来て座れ。今日はなかなか上手く出来たんだぞ?」
「あ、はい」
名前で呼ばれたことに照れた、なんて気づかれなかったようでホッとした。
だけど、自分が課長のことを名前で呼ぶところを想像したら恥ずかしくなってきて、なんとか回避できないかと考えていたら、毛布をたたまなきゃとか、食事の用意を手伝わなきゃとか、そういう大事なことが全部頭から出て行ってしまった。
気がつけば私はダイニングの椅子に腰掛け、目の前には美味しそうな、浅井課長特製生姜焼き定食が用意されていた。
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