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予想外の行動に声も出ない。
恭介さんの唇が包み込んでいるのは、私の人差し指で。
ぬるりと温かい、恭介さんの口腔。その中に入った私の指が、恭介さんの舌先に舐られている。
男の人に指を舐められたのなんて初めてだ。
しかも相手は、上司。
ぶわあっ。一気に顔が火照った。
「あさっ、きょ、恭介さんっ、大丈夫なんで!」
私の指を咥えた恭介さんが、上司でなく男の人に見えて戸惑う。
だって、違う、これは血が出たから応急処置ってだけで、それに上司としての責任感で、だからこんなこと!
慌てふためく私と、指を咥えたままの恭介さん。
指を咥えているせいで俯き気味だから、目だけでこっちを見る。視線がかち合って、すぐに目を逸らせたのは私の方だった。
なんてことを上司に!
「すっ、すみません! 私は大丈夫です! それよりお皿、本当にすみませんでした!」
不意に手を引き寄せる力が弱まり、滑らかな唇の内側を辿って出てきた指先が、空気に触れてすうっとした。
火照っていた顔から一気に血の気が引いて、今度は冷や汗が吹き出す。
お皿を割っただけでなく、またもやとんでもないことをさせてしまった罪悪感。
「あ……いや、すまない。つい……」
けれど恭介さんは、怒るでも慌てるでもなく、珍しく歯切れの悪い呟きを漏らすだけだった。
目を逸らせていたから、恭介さんがどんな顔をしていたかわからない。
つい、なんだろう? そう思ったけれど、訊けるほど穏やかな精神状態ではないし。
人差し指の先が、ジンジンする。
「片付けよう。掃除用具を持ってくるから、動かずにいてくれ。いいな、動くなよ?」
遠退いて行く声はもう普段通りで、言われた通り大人しく待つことにした。
結局なんの役にも立てない自分が、情けなくて。
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