5221人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああ、疲れた」
ドサっと音を立てて私の隣に座ったのは、やっぱり執事でなく上司だった。
心の底から出てきたような呟きに、つい笑ってしまう。
「ふふっ。執事って、そんなこと言いませんよね?」
ソファーの背に両腕と頭を乗せて、目を閉じている。両の脚もパカっと開けたまま脱力するその姿はおよそ執事とは言い難いし、職場では絶対に見られないリラックスした姿だ。
「いいだろう? 今は課長じゃないんだし、そもそも俺は執事じゃないよ。家にいるときくらいリラックスさせてくれ」
そう言ってはいるが、長身だからかそんな力の抜けた姿すら絵になる。
いつもピシっとしているイメージだからか、まだワイシャツにスラックスだからか、だらしなくも見えないし。
そんな恭介さんの姿を見ていたら、なぜだか気持ちが楽になってきた。さっきまで、何もできないのが情けなくて自分のことが嫌だったのに。
完璧に見える恭介さんの、ダラっとしたところを見たせいだろうか。
「紅茶、いただきます」
カップに口をつけると、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔に広がった。
「美味しい。アールグレイですか?」
「ん? ああ、そうだったかな。実はよくわからなくて、適当に買ったんだが」
体を起こした恭介さんは、今日もコーヒーを飲むらしい。カップを覗かなくてもわかる。恭介さんがここへ来る前、キッチンから漂っていたのは間違いなくコーヒーの香りだったし。
「恭介さんはいつもコーヒーなんですね。会社でもそうでしたし。紅茶なんて、飲む時あるんですか?」
「いや、ほとんどないな。でもたまには紅茶もいいよな」
「飲まないのに?」
「奥さんが淹れてくれるなら飲むだろ」
「え……なんかほんと、すみません、何もしてなくて」
今は私が奥さんだから、このくらい私がやるべきだったよね。
「ははっ。まあ気にするな。ひなたは得意じゃないんだろう? 家のこととか」
「げ……バレました? よね」
「料理が得意なら、ここへ来てすぐキッチンに立っていたんじゃないか? 食材は冷蔵庫にあったわけだし、買ってくることもできる」
そうだよね。普通、そのくらい出来て当たり前なのかな?
利里亜と花乃も、そうやって彼に手料理を振舞ったりしたのだろうか。だから結婚に至ったのだろうか。
恭介さんも、今までの彼女にそうやって手料理を作ってもらったんだろうか。
「あの、恭介さん。私に、家事を教えてもらえませんか?」
「は?」
最初のコメントを投稿しよう!