夫婦ごっこ

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「え? 寝る準備を」 「ん? ベッドはあっちだぞ?」 「はい。おやすみなさい」 「まさか、ここで寝るつもりか?」 「え、そうですけど」  それ以外どこに適した場所が?  とこっちも首を傾げれば、奥二重の目が不満そうに歪んだ。 「こんなところで寝て風邪でも引いたらどうするんだ。うちのベッドは大きい。遠慮するな」 「いや、それはちょっと……」  苦笑いもできない、顔が引き攣って。  遠慮というか、それって私の、女としてのセキュリティーの面で大丈夫でしょうか?!  いくらなんでもまずくないですか? 上司と部下が、同じベッドで寝るなんて。  だけど恭介さんは、至って真面目な顔で私をベッドに誘う。 「しっかり寝ないと疲れが取れないぞ?」  いやそれ、本当にしっかり眠れます?!  寧ろ余計疲れるやつじゃ……。  おかしいですよ、課長! 「あの……本気で言ってます? それとも、からかってます?」  どっちなの?  窺うように見上げても、私を見下ろす目はさっきまでと変わらず真剣なまま。 「からかってなんかいないさ。ただ、週末は夫婦らしく過ごすと契約内容にあったのは、覚えてるよな?」  笑った!   これ、からかってる時の笑い方でしょ。奥二重の目は少しだけ細められた状態で私を見下ろしていて、普段は真一文字になっている口の左右の端が僅かに上向いている。  だから私も、これ以上からかわないで、という意味を込めてきっぱり告げた。 「浅井課長、私、もう眠くて。明日は頑張るので、そろそろ寝かせてもらっても?」  ここまで言えばからかうのはやめてくれるだろう。そう思った。  が突然、大きな体が一歩前に進んだ。  え? と思うと同時、ソファーが軋んで、恭介さんの胸が顔の前にまで近づいて。  大きな体と両腕で私を囲い込み、低めた声を上から振りかけてくる。 「……ひなた」 「な、なんですか?」 「俺は家で、課長なんて呼ばれたくはないと言ったはずだ。それに、夫婦らしく過ごすのも契約だ。もう忘れたのか? 仕方ないな、俺の奥さんは」  私が駄々を捏ねたから、それを宥めて言い聞かせる。  まるでそんな言い方だ。  そうしながら端正な顔を近づけて来るから、急に訪れた甘い空気に耐えられず、瞼が勝手に閉じてしまった。
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