5220人が本棚に入れています
本棚に追加
トントン、トントントン。
これ、何の音だっけ……。
あ! 閃いた。包丁とまな板のぶつかる音だ。
お母さんは割と適当な人だけれど朝ごはんは必ず用意してくれていて、まだ目覚まし時計が鳴る前にふと目を覚ました時、この音が聞こえたことがあったっけ。何だか懐かしい。この音、久しぶりに聞いたな。
「あれ? お母さん、そう言えば昨日はうちに泊まったんだっけ?」
「あ、ひなた、おはよう」
そう言ってこっちを見たお母さん。だけどその顔がお母さんじゃなくて、驚いて大声が出た。
「うわああっ!」
と同時に謎の浮遊感。
私を支えていた力が急に無くなって、重力に引っ張られる。
ドスン。
「いったぁ……」
ベッドから落ちたのだと、数秒経って気がついた。
ドスドスドス。近づく足音はお母さん?
すうっと開いた引き戸の向こうが眩しくて目を細める。
「どうした。ん? ひなた?」
あれ、お母さんて、こんな低い声じゃない。なんか大きいし、お兄ちゃん?
人影は見えるけれど、顔は見えなくて。
暫くすると射し込む光に目が慣れてきて、すぐそこにあったのは私のベッドじゃないし、ここが自分の家でもないのだと気づく。
「え……あ! そうだった」
一瞬考えて、ハッとして、納得して。
そうだ、私は浅井課長の部屋に泊まっているんだった。
近づいてくる人影の正体に気づく。
「課長!」
「まさか、落ちたのか?」
床に座っていた私を見つけた恭介さんの肩が揺れている。
イタイ、色々と。
最初のコメントを投稿しよう!