▼純朴なキスを

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「どうかした?」 「いえ、ひなたが照れているようで、可愛いなと」  チラと隣を見た瞬間目が合って、すぐに逸らされた。 「あらっ、浅井君たら、プライベートではそんなこと言うのね。いいこと聞けちゃった。ほら、旦那様が可愛いって言ってるわよ? 奥様はどう思ってるのかしらあ?」  英子さんは、二人の背後からマイクでも向けるかのように話を振っている。 「お、え、あ、その、まぁ、かっこいいです、はぃぃ」  しどろもどろの回答は、語尾に行くに従って弱々しくなっていく。  だが、それを許すような英子さんではなかった。 「え? なに? 聞こえなかったなぁ〜、最近聞き取りづらくて。もう一度はっきり聞きたいなぁ〜、せっかくだしねえ〜」 「う……か、かっこいいです!」  英子さんの煽りに耐えきれなかったのか、そんな心にもないことを言っている。  顔を真っ赤にしているのは、言いたくもないのを無理やり言わされた憤りからだろうか。それとも、貸し切りの部屋中に聞こえる程大きな声を出してしまった恥ずかしさから、だろうか。  どっちにしろ、その様子を見ていて込み上げた笑いを堪えるのは大変だった。  私、焦ってます! と全力でアピールしているようにしか見えなくて。  耐え切れず肩を揺らしていると、細い手が伸びてグラスを掴んだ。が、中身は空で、その手が宙を彷徨ったかと思えば俺の前にあったグラスを掴んで、断りもなく一気に煽った。 「おい、それはっ」
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