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「ほら、中へ入って」
どうにか部屋に辿り着いたのが奇跡に思える。
タクシーに揺られている間、気分が悪くならないだろうかとヒヤヒヤしていたのは俺だけだったようで、当の本人はうつらうつらとしているのだから呑気なものだった。
酔っ払いを乗せたことにも、近すぎる距離で降りようとすることにも舌打ちされなかったのが、今日ほどありがたく思えたのも初めてだった。
ひなたは酔っていながらも、歩こうとする気持ちだけはあったようで、タクシーを降り玄関に入るまでは、支えていればなんとかなる程度だった。
だがそれは玄関に入るまで。
入った途端、気が抜けたのか腰が抜けたのか、結局頽れた。実際は、頽れた、なんてしおらしいものではなかったが。
大きな音を立て床に倒れ込んだ姿は、とても二十六歳の女性が男の部屋で取る行動とは思い難い。
まあいい、なんとか部屋には辿り着いたのだ。
が、そこからだ。
靴を脱がせ、羽織っていた薄手のコートもその場でなんとか脱がせた。そこで一応声をかけてみたが、応答はない。
「ひなた、家に着いたぞ。ベッドへ行けるか?」
軽く揺すってもダメだ。
ため息と共に覚悟を決めた。ベッドまで運ばなければなるまい。目を覚ますまでこんな場所に放置するほど鬼にもなれないし。
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